凍土の指:キャプテンSS
凍土の指
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
治ると思っていたのだ。
指は動かなかった。
自分の脳からの指示に僅かにしか反応しない右人差し指は、もう自分の物ではないように見えた。
「指が動かない」という新しい感覚を、「野球が出来なくなった」という絶望と共に刷り込まれた。
両親に、自分はもう、野球の選手として通じないということを告げるのは、苦痛以外の何者でもなかった。
彼らの顔が、どんどん曇ってゆくあの3秒間が、まだ脳裏に焼き付いている。
どうしようか。
当然ながら、ナイン達には、まだこの事を言っていない。
もう時計は深夜12時をまわっている。
「寝なければ」
俺は布団を鼻まで被り、身体をねじると、真っ暗な精神世界へと身体を預けた。
夢を見た。
おれは進学候補である墨谷高校(だと思うが)の野球部部室にある小さなスツールに座っていた。
音を立てずに、6名ほどの部員が入ってくる。
おれは声を出せない。
出さなかったのだ。夢の中での恐怖心からかも知れない。
彼らの顔はよく分からなかった。
だが、おれの右手をとり、人差し指をつまんで、曲げてしまう。
「ああ、曲がるんじゃないか。」
おれは自分の意志で人差し指を曲げようとする。
曲がらなかった。
ピクリとも動かない。
形容し難い気味の悪さと、怒りがこみ上げてくる。
おれは響かない声で、何故だ何故だと叫び、喚き泣いた。現実であれば自我が抑える感情を、まるで赤ん坊のように放出した。夢の中でも
「情けないことをしている」という感覚はある。
だが、夢の中では自我さえもコントロール出来ず、ただただ声を枯らし叫んでいた。
その間に6名ほどだった部員達はみるみる間に増え、おれを完全に包囲した・・・
というところで、目が覚めた。
上体を起こそうと右手を開く。
開いた感覚は人差し指を除いた4本の指のみで、用のなくなった右手を軽く握ると、おれの右手はずっと誰かを指さすように人差し指だけが真っ直ぐに伸びていた。
それからが大変だった。
箸やハブラシは勿論、鉛筆さえもろくに握れない。
ボールだって無理だ・・・
放課後、野球部では三年生の送別会を含む、
在校生チームと卒業生チームの壮行試合があった。
おれは審判をつとめる事にした。
サードについて、在校生チームに不自然な動きを見せ、不安な気持ちで三年生を送り出させる、なんてことが無いように、そうした。
それに、キャプテンとしての正当な立場を考えて、でもある。
ナインの皆には、この理由だけから審判をつとめるという事にしておいた。
そんな理由よりも、野球はもう出来ない。
そんな絶望が、捕球音、打撃音と共に波のように押し寄せてきた。
しかし、イガラシの言動だけはおれを前向きに・・・キャプテンに戻してくれた。
彼なら、次期キャプテンを任せられるのではないだろうか・・・でも、彼はまだ一年生、学年が上がっても二年生だ。任せるにはやはり不安が残る。
かといって、河野や島田、西田や他の二年生達も今イガラシに纏められて・・・ポジションまで決められている立場だ。
(アニメオリジナル回なので勝敗はあえて書きません)
試合は終わり、部員はそれぞれ先程の試合を話のネタに、ゆっくり歩いて帰っていく。
おれも、動かない人差し指を揉み揉み、今までの試合の数々を思い出しながら、夕焼けの沈んだ、ひたすら青が支配する長い道をゆっくり、ゆっくりと歩いていった。
さて、次期キャプテンは・・・